【書評】山村宏樹 著『楽天イーグルス優勝への3251日』(角川SSC新書)
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昨日、待望の一冊が手元に届いた。さっそく夕飯もそこそこに一気に読了。一夜明けた今、再び噛みしめている楽天初Vの喜びと共に、愛用ノートPCのキーボードを爆速で叩いている。
2013年9月26日、西武ドーム。球団創設9年目で悲願の初Vを達成した東北楽天ゴールデンイーグルス。その快挙を総括する記念特集号が複数出版社から発売され、書店の店頭を賑わせている。読者の皆さんも手に取ってみた方、きっと多いはずだ。
しかし、昨日私が一気に読み終えた1冊こそ、初Vを知る上で決して読み逃すことはできない真打登場、マストアイテムだ。
著者は山村宏樹。
お馴染みの名前である。昨年までクリムゾンレッドに袖を通した。球団創設年から投げ続けた楽天の酸いも甘いも知る1人である。ユニオフォームを脱いで1年目の今季はスポーツコメンテーターとして活躍。仙台のテレビ番組でのキャスターを皮切りに、河北新報など各種媒体での原稿執筆、楽天主催試合での野球解説など、共に前年まで選手としてプレーしたアンバサダー草野大輔氏と一緒に、今季の楽天を最も近くから見つめ続け、その魅力を最も良く伝えてくださったのが、山村氏だった。
氏はネットでも健筆を振るっていてYahoo!ニュース一連記事やブログ、Twitterはファンにはお馴染みとなっている。
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■山村宏樹 著『楽天イーグルス優勝への3251日──球団創設、震災、田中の大記録・・・苦難と栄光の日々』
(角川SSC新書) 定価:本体760円+税、174頁
その山村氏が初めて上梓した1冊が、昨日発売日を迎えた本書『楽天イーグルス優勝への3251日』だ。
3251日とは、球界再編の2004年、オーナー会議で楽天の正式参入が承認された同年11月2日を起点に、西武ドームで嶋基宏と田中将大のバッテリーがガッツポーズを決めて熱く抱擁した日まで要した日数を指している。
全くの白紙から球団を立ち上げてから初Vを飾るまでにかかった3251日のヒストリー。それを総括し、未来にも視点を向けながら綴られているのが本書だ。下記のとおり、序章を含めた合計6つの章立てでコンパクトに構成されており、大変読みやすい。
序章 楽天イーグルスはどうしてわずか9年間で強くなれたのか
第1章 突然生まれた「新しい球団」 2004~2005年
第2章 本当の「プロ野球球団」になるまで 2006~2010年
第3章 東北の球団として向き合った「震災」 2011~2012年
第4章 リーグを席巻した楽天イーグルス 2013年
第5章 杜の都の球団の未来
最大の「強み」は、当事者としてプレーした山村氏の貴重な記憶、証言が随所にちりばめられている点だろう。
楽天は発足当初からファンを最も大切にする球団だ。背番号10をファンのため永久欠番とし、1年目からファンサービスに心血を注いだ。本書で綴られているように、創設元年、選手達は「仙台市民の3、4倍か書いたんじゃないか?」というほど膨大な色紙にサインを走らせたという。
それでも我々ファンは、いつでもアウトサイドの立場に置かれている。Kスタ観客席で選手のプレーを間近で応援することができ、直筆サインを手にすることはできても、ダッグアウト内部に潜入して選手と同じ視線を共有することは決してできない。当然だ。選手ではないからだ。しかし、今回ここで綴られている多くは、アウトサイドの我々が知りえなかった、貴重なインサイドレポート、知られざる苦悩の歴史なのだ。その意味で、本書はファンならずとも、野球ファンには1度は読んでおくことをお薦めしたい1冊である。
インサイドレポートという点で言えば、普段その声を滅多に聞くことがない球団内部の裏方さんの声なども紹介している点が特徴的だ。例えば「序章 楽天イーグルスはどうしてわずか9年間で強くなれたのか」の一節、17頁には田中将大快記録の理由が、コンディショニングコーチのコメントを引くかたちで、綴られている。下記に一部を引用してみたい。
え?と思われた方も多いはず。私もこの視点には驚かされた。今季の田中と言えば、WBCの疲労の影響で開幕当初は調子が上がらなかったというのが巷に溢れている定説である。実際、我々ファンの目から見ても、調子が良いとはいえず、4/23オリックス戦では実に15本のヒットを浴びた。どうしてもWBCをマイナスのイメージで捉えがちなところを、山村氏は星洋介コーチの言葉を借りるかたちで、WBCがあったればこそ、と説くのである。「体の土台となる部分はしっかりしていたので、負け投手になることを回避できました」と筆を走らせる。なるほど。思ってもみなかった鮮やかな指摘に深く頷かされる一節になっている。
このような、昨年まで選手だった人間による貴重な視点、新鮮な発見が本書には随所に盛り込まれている。
ところで、何も無い所から、無から有を作り出していく作業は、本当に、ほんっっとうっっに、大変だったことを、今回本書で改めてひしひしと感じている次第なのだ。2004年から2005年にかけて楽天の新挑戦に携わった全ての方々の努力を思うと、読んでいて目頭が潤んでしまうほどなのだ。
どれだけ本当に何も無かったか。そのことを象徴する、今となっては笑い話の逸話の1つが、タオルだという。
球場内でシャワーを浴びてもバスタオルが常備されていないというのだ。遠征でチームが移動するとき、新幹線の指定席が人数分確保されていなかったこともしばしばだった。試合後ホテルで採る食事も、一般客と同じ時間帯に作ったものなのか、すっかり冷え切ったものが並べられていたという。食が基本のプロ野球選手だ。これはあんまりだ・・・と切なく感じた。その他、練習場の確保、練習器具の不足など、他球団では当たり前の光景が、様々な部分で欠落していた。
バスタオルの1枚さえない。本当に何もない所から、米田球団代表を始めとするフロント、田尾監督ら現場が、失敗の連続の中、手探りで1つずつ作り上げていく。それが2005年だった。幾度にわたる話し合い。選手の要望をまとめてフロントにかけあう交渉役を、フロントと選手の間に入る潤滑油の役目を引き受けたのは、山崎武司だったという。ベテラン選手とはいえ、ともすれば球団に立て突く反乱分子のレッテルを張られかねない危険で損な役回り。それを引き受けた山﨑のリーダーシップについて、本書は幾度となく触れられており、その存在感は3.11以降のくだりで再び紙幅を割いて、丁寧に紹介されている。
ドタバタだったのは何も選手だけではなく、裏方さんも同様だった。近鉄から移ってきた裏方さんも多い中、新規採用した裏方さんも多く、未体験のプロ野球の世界に右往左往する裏方さんの奮闘記にしっかり紙幅を割いたくだりは、本書の良心だ。球界再編時、山村氏ら多くの近鉄選手が「来年もまた野球ができるのか」と不安に駆られていた中、選手会長の磯部だけは冷静で、皆にこう言ったという。「裏方さんたちは失業してしまうかもしれないんだよ」。磯部が発した一言で、自分のことで精いっぱいで周りが見えていなかった山村氏はハッと我に返ったという。その経験が本書の裏方さん奮闘記につながったのかもしれない。
フィールドの外ではバスタオルが無かったとすれば、フィールド内では攻守のサインが存在しなかった。日夜、監督、コーチ、選手が話しあって、1つずつ決めていったのだとも明かす。ややもすれば面倒臭いとか士気が萎えがちなところ、不満を口にする者はいなかった。皆が意見を戦わせ、一歩一歩、楽天野球のかたちが作られていった。自分たちが新たな歴史を1ページから作り出すんだ。そんな気負いが当時のナインを支えていたのかもしれない。
と同時に、何も無かった2004~2005年、唯一、他球団に対して誇れる点があったことも、山村氏は本書で明かしてくれた。ファンサービスだという。山村氏は1994年ドラフト1位で阪神へ入団、2000年から近鉄に移り、2球団を経験している。その山村氏をして、発足当初の楽天のほうがファンサービスが上だったと書かせるのだから、楽天のファンを大切に思う姿勢はズバ抜けていたということだし、それまでの球団はどれだけファンを置き去りにしていたのかをも再確認することができる一節となった。
そのようにして始まった1年目のシーズン、チームは開幕戦こそ岩隈の好投で白星を飾ったものの、翌2戦目は0-26の歴史的大敗。結局、首位から51.5ゲーム差を離されての最下位。38勝97敗1分という目を覆いたくなる惨状で終えた。
山村氏は2004~2005年を振り返った第1章の末尾を、このように結んでいる。なるほど、負けて固まったチーム力か・・・と妙に感心させられてしまった。
普通、勝敗を競うプロスポーツの場合、チーム力は勝ってこそ生まれるものである。しかし、楽天の創設年は、数ある敗戦の中から、チームが1つの体を成すように、まとまっていったというのだ。このことは、恐らく、選手と年齢も近くて御自身も指導者初体験だった田尾安志氏が初代監督だったからこそ成し得たことなのではないかな? 私は本書を読んでそのように感じた。
近鉄組、オリックス組、その他の球団から移ってきた選手達... 経歴をそれぞれ異にする、様々なカラーを持つ選手を束ねて、自身が掲げる田尾野球などできようはずもなかった。「新球団なので新風を巻き起こそう」。ともすれば空中分解を起こしてもおかしくないチーム状況の中、選手をひたすら鼓舞し、とにかくチームとしてとにかく1つにまとめることに心血を注いだ田尾監督。山村氏の目にはそのように映っていたという。
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その後、楽天は野村克也監督、マーティー・ブラウン監督、星野仙一監督と3人の監督の下で球団史を紡ぐことになる。
各々の監督の功績について、山村氏は的確なフレーズで綴ってみせた。
2006年から2009年まで指揮を執った野村克也監督の準備野球は「守りの野球」。今日の「楽天の礎」を築いたと書いている。また、山村氏は野村野球を「ミーティングとデータ分析の文化」だと位置づけ、最後に「野村監督により、楽天には初めて「伝統」というものが生まれたのです」とも結んでいる。
ゼロから始まった2005年、スカウトやスコアラーの体制も同様で曖昧模糊のままだった。就任後、ノムさんは選手をデータ面でバックアップするその体制を徹底的に改善・整備することに力を注いだ。優勝を決めた今季は外部アナリストの力を借りていることが草野大輔氏の口から明らかにされたものの、実はノムさん時代の早い段階からデータ解析会社のスタッフを雇ってその分析に当たらせていたと語る。
このようにバッテリーミーティングでは先乗りスコアラーに細かな所まで指示を出す野村監督。その前には杉山賢人コーチの発案で投手同士による選手ミーティングも開かれていたらしい。投手1人1人が対戦チーム・打者の傾向や対策を調べてきて各自発表していくゼミ形式。阪神時代にはなかったミーティングが、山村氏ら投手個々の分析力・判断力を大いに養っていった。
2009年CSに進んで野村監督は勇退。ノムさんが整備した基礎データはそのまま楽天のチームとしての記憶となり、対戦経験の少ない若手が試合に出場しても、そのデータのおかげで対戦相手の傾向を把握することができ、マウンドやバッターボックスで落ち着いてプレーに専念することができるようになっていったという。山村氏はそのことを差して、楽天に「伝統」が生まれたと綴った。
翌2010年、前年まで広島を率いていたマーティー・ブラウン監督が就任した。ブラウン監督就任の背景には、このような経緯があったと言う。
ことあるごとにファミリーという言葉を使ってチームを表現、ナインを最も大切にした。ファンサービスにも積極的だった。そのブラウン監督就任で投手の山村氏にとって一番の衝撃だったのは、アメリカ式投手調整法だった。交流戦の開始前、監督がリリーフ陣にみずからの考えを伝えにトレーニングルームまで足を運んだという。
ゼロからスタートさせ、寄せ集めの軍団を必死になって鼓舞、まとめあげようとした田尾監督の努力。「守りの野球」を掲げ、楽天に「伝統」と「礎」を築いた野村監督の4年間。球団のボールパーク構想を良く理解し、アメリカンスタイルという新たな視点を持ち込んでリリーフ陣の整備に成功したブラウン監督。その3監督を経て就任した星野監督の野球、山村氏がどのようなフレーズで表現するのだろう?物凄く興味があった。
山村氏が使ったフレーズは「勢い」だった。
MJ砲を軸に、打線では枡田、銀次の生え抜き組が躍動。岡島、島内ら2年目の若手が目覚ましい戦果を残した。投げては田中はもちろんのこと新人・則本が開幕投手に大抜擢、ここまで14勝をあげている。
まさに言い得て妙の表現ではないか。
このように田尾監督から星野監督まで4監督の時代を、それぞれ分かり易いフレーズとともに振り返っていく。その間に現場に身を置いた山村氏だからこそ知り得る、自身を含めたエピソードが挿入される。
例えば、移動中の車内における新旧エースの過ごし方は好対照だったらしい。田中は10代の若者にも関わらず、お菓子を食べたり、コーラを飲んだりする光景は一切見られなかった反面、岩隈はお菓子が大好き。よくトッポなどをバリバリやって、山村氏に「じゃがりこ食べます?」と訊いてきたものだったと微笑ましいシーンを明かしている。岩隈、田中、則本と受け継がれるエースの系譜を象徴するエピソードも盛り込まれていた。
楽天でプレーするようになってから、斎藤隆の自主トレに参加するようになった経緯。もし斎藤が楽天入りすることが分かっていたら、現役を辞めていなかったかも?!と告白してみせたり、現役引退を決めた時の心情。故郷や大阪へ帰る元近鉄選手が多い中、セカンドキャリアの出発点を仙台に決めたその理由なども綴られている。
過去2年間1割台と打率が低迷した森山周が今季は.272(10/11現在)とバットでも活躍できているその裏には、ベテラン高須からのアドバイスがあったことなど、興味は尽きない。
最下記に掲げた目次を御覧頂ければ分かるように、優勝戦線を戦った主な選手については、もちろん、それぞれしっかりスペースを設けて語られている。
そして第3章だ。決して避けて通ることはできない3.11。その当時について赤裸々に記されている。当時、山村氏は2軍で調整中。ヤクルトの埼玉・戸田球場にいたという。改めて、半分被災者であって、半分、被災者ではない。その中途半端な立場で苦しむことになった犬鷲戦士達の苦悩を、当事者の貴重な視点から振り返っている。
おっと、、、本エントリーも随分と長くなってしまったようである。
本書の中身の紹介はここまでで止めておきたい。
続きは、ぜひ、あなたが本書を手に取って直に確かめてもらいたいと思う。
174頁の本書。私は決して本を読むのが速いほうではないが、ものの3時間もあれば夢中になって一気に読了することができた。ぜひ多くの楽天ファンに読んでもらいたいと思う。
最後に、山村氏のさらなる御活躍をお祈りして、本エントリーを締め括りたい。
※最下記に本書の目次を掲載しました。

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■目次
はじめに 3
序章 楽天イーグルスはどうしてわずか9年で強くなれたのか 13
楽天の勝利の象徴・田中将大
レギュラー固定の強み
選手、フロントの熱意が呼び寄せた快進
第1章 突然生まれた「新しい球団」2004~2005年 21
来年、野球ができるのだろうか?
50年ぶりの新球団
プロ野球チームを作るための闘い
楽天イーグルスの第一歩はファンサービス
元近鉄の選手たちの意外な一面
皆で作った攻守のサイン
毎日が失敗の連続
フロントも、現場も、誰もが手探りだった
選手と一緒に食事をする三木谷オーナー
一軍・仙台とニ軍・山形の大移動
痛いほど感じていたファンのありがたさ
軌道に乗るまで10年はかかるんじゃないのか?
新球団1年目の闘い
戦力不足という大きな壁
首位と51.5ゲーム差「歴史的な大敗」
第2章 本当の「プロ野球球団」になるまで 2006~2010年 57
名将・野村克也の就任
チームの礎が築かれていく
野球人の基礎を作る「ノムラの考え」
ミーティングとデータ分析の文化
初の4位、チームに吹く追い風
田中将大を「マー君」と読んだ野村監督
野村監督と選手のパイプ役
克則が語る父・野村克也の素顔
勝負を賭けた2009年に初のCS進出
野村監督の残した遺産
ブラウン監督のアメリカ式投手調整法
楽天イーグルスを導いてきた3人の監督
第3章 東北の球団として向き合った「震災」 2011~2012年 87
3・11 その日のできごと
帰りたいだろ、まずは家族だろう?
東北のために何ができるのか
プロ野球ファンは団結することができる
嶋基宏が3度のスピーチで訴えた思い
チームの精神的支柱だった山﨑武司
山﨑・涙の退団、チームは次のステップへ
引退をして仙台に残る決意
震災の傷跡が残るなかで
第4章 リーグを席巻した楽天イーグルス 2013年 115
絶対的エースとなった田中将大の凄さ
藤浪晋太郎、菊池雄星は田中に追いつけるか
負けない秘密は「メリハリ」
ルーキー・則本昂大が隠し持つ武器
選手を使って育てる星野仙一監督
名将2名人が育て上げたチーム
打線の中軸に2人の元メジャーリーガー
“ギラギラ銀次”の成長
投手陣の信頼を集める聖澤諒の守備
生まれ故郷に帰ってきた斎藤隆
チームの守備の要・藤田一也
嶋基宏、球史に残るキャッチャーへ
短期決戦に挑む楽天イーグルス
3、4番目の先発投手の活躍が鍵
第5章 杜の都の球団の未来 155
球団誕生から在籍する4選手それぞれの願い
生え抜きの象徴的存在・渡辺直人
渡辺直人の凱旋で再確認した仙台の温かさ
東北6県でファン感謝デーを
嶋も積極的に参加する学校訪問
黄金期到来のために欠かせない二軍施設の充実
田中将大が語る楽天の未来
おわりに 172
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・〔惜別〕楽天戦力外2012──山村宏樹。「燻し銀」というフレーズが似合うベテラン右腕でした
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初Vを振り返る、ファン必読の一冊が登場
昨日、待望の一冊が手元に届いた。さっそく夕飯もそこそこに一気に読了。一夜明けた今、再び噛みしめている楽天初Vの喜びと共に、愛用ノートPCのキーボードを爆速で叩いている。
2013年9月26日、西武ドーム。球団創設9年目で悲願の初Vを達成した東北楽天ゴールデンイーグルス。その快挙を総括する記念特集号が複数出版社から発売され、書店の店頭を賑わせている。読者の皆さんも手に取ってみた方、きっと多いはずだ。
しかし、昨日私が一気に読み終えた1冊こそ、初Vを知る上で決して読み逃すことはできない真打登場、マストアイテムだ。
著者は山村宏樹。
お馴染みの名前である。昨年までクリムゾンレッドに袖を通した。球団創設年から投げ続けた楽天の酸いも甘いも知る1人である。ユニオフォームを脱いで1年目の今季はスポーツコメンテーターとして活躍。仙台のテレビ番組でのキャスターを皮切りに、河北新報など各種媒体での原稿執筆、楽天主催試合での野球解説など、共に前年まで選手としてプレーしたアンバサダー草野大輔氏と一緒に、今季の楽天を最も近くから見つめ続け、その魅力を最も良く伝えてくださったのが、山村氏だった。
氏はネットでも健筆を振るっていてYahoo!ニュース一連記事やブログ、Twitterはファンにはお馴染みとなっている。
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■山村宏樹 著『楽天イーグルス優勝への3251日──球団創設、震災、田中の大記録・・・苦難と栄光の日々』
(角川SSC新書) 定価:本体760円+税、174頁
3251日を綴った貴重なインサイド・ヒストリー
その山村氏が初めて上梓した1冊が、昨日発売日を迎えた本書『楽天イーグルス優勝への3251日』だ。
3251日とは、球界再編の2004年、オーナー会議で楽天の正式参入が承認された同年11月2日を起点に、西武ドームで嶋基宏と田中将大のバッテリーがガッツポーズを決めて熱く抱擁した日まで要した日数を指している。
全くの白紙から球団を立ち上げてから初Vを飾るまでにかかった3251日のヒストリー。それを総括し、未来にも視点を向けながら綴られているのが本書だ。下記のとおり、序章を含めた合計6つの章立てでコンパクトに構成されており、大変読みやすい。
序章 楽天イーグルスはどうしてわずか9年間で強くなれたのか
第1章 突然生まれた「新しい球団」 2004~2005年
第2章 本当の「プロ野球球団」になるまで 2006~2010年
第3章 東北の球団として向き合った「震災」 2011~2012年
第4章 リーグを席巻した楽天イーグルス 2013年
第5章 杜の都の球団の未来
最大の「強み」は、当事者としてプレーした山村氏の貴重な記憶、証言が随所にちりばめられている点だろう。
楽天は発足当初からファンを最も大切にする球団だ。背番号10をファンのため永久欠番とし、1年目からファンサービスに心血を注いだ。本書で綴られているように、創設元年、選手達は「仙台市民の3、4倍か書いたんじゃないか?」というほど膨大な色紙にサインを走らせたという。
それでも我々ファンは、いつでもアウトサイドの立場に置かれている。Kスタ観客席で選手のプレーを間近で応援することができ、直筆サインを手にすることはできても、ダッグアウト内部に潜入して選手と同じ視線を共有することは決してできない。当然だ。選手ではないからだ。しかし、今回ここで綴られている多くは、アウトサイドの我々が知りえなかった、貴重なインサイドレポート、知られざる苦悩の歴史なのだ。その意味で、本書はファンならずとも、野球ファンには1度は読んでおくことをお薦めしたい1冊である。
インサイドレポートという点で言えば、普段その声を滅多に聞くことがない球団内部の裏方さんの声なども紹介している点が特徴的だ。例えば「序章 楽天イーグルスはどうしてわずか9年間で強くなれたのか」の一節、17頁には田中将大快記録の理由が、コンディショニングコーチのコメントを引くかたちで、綴られている。下記に一部を引用してみたい。
選手の練習をサポートする星洋介・ストレングスアンドコンディショニングコーチが好調の理由をこう話していました。
「昨季は(勤続疲労で)腰痛がありましたが、今季はそれがないのでしっかりと走り込みもでき、体の細かい部分のトレーニングもできています」
「体の細かい部分」とは。インナーマッスルのことです。
2013年はワールドベースボールクラシック(WBC)があったため、日本代表チームに招集された田中は例年よりも約1カ月早く、体を作りました。国際球がなじまず、苦戦しましたが、例年よりも早く体を作ったことにより、十分な時間をかけてインナーマッスルや体幹を鍛えることもできたわけです。
え?と思われた方も多いはず。私もこの視点には驚かされた。今季の田中と言えば、WBCの疲労の影響で開幕当初は調子が上がらなかったというのが巷に溢れている定説である。実際、我々ファンの目から見ても、調子が良いとはいえず、4/23オリックス戦では実に15本のヒットを浴びた。どうしてもWBCをマイナスのイメージで捉えがちなところを、山村氏は星洋介コーチの言葉を借りるかたちで、WBCがあったればこそ、と説くのである。「体の土台となる部分はしっかりしていたので、負け投手になることを回避できました」と筆を走らせる。なるほど。思ってもみなかった鮮やかな指摘に深く頷かされる一節になっている。
このような、昨年まで選手だった人間による貴重な視点、新鮮な発見が本書には随所に盛り込まれている。
負けて1つになった初年度の楽天
ところで、何も無い所から、無から有を作り出していく作業は、本当に、ほんっっとうっっに、大変だったことを、今回本書で改めてひしひしと感じている次第なのだ。2004年から2005年にかけて楽天の新挑戦に携わった全ての方々の努力を思うと、読んでいて目頭が潤んでしまうほどなのだ。
どれだけ本当に何も無かったか。そのことを象徴する、今となっては笑い話の逸話の1つが、タオルだという。
球場内でシャワーを浴びてもバスタオルが常備されていないというのだ。遠征でチームが移動するとき、新幹線の指定席が人数分確保されていなかったこともしばしばだった。試合後ホテルで採る食事も、一般客と同じ時間帯に作ったものなのか、すっかり冷え切ったものが並べられていたという。食が基本のプロ野球選手だ。これはあんまりだ・・・と切なく感じた。その他、練習場の確保、練習器具の不足など、他球団では当たり前の光景が、様々な部分で欠落していた。
バスタオルの1枚さえない。本当に何もない所から、米田球団代表を始めとするフロント、田尾監督ら現場が、失敗の連続の中、手探りで1つずつ作り上げていく。それが2005年だった。幾度にわたる話し合い。選手の要望をまとめてフロントにかけあう交渉役を、フロントと選手の間に入る潤滑油の役目を引き受けたのは、山崎武司だったという。ベテラン選手とはいえ、ともすれば球団に立て突く反乱分子のレッテルを張られかねない危険で損な役回り。それを引き受けた山﨑のリーダーシップについて、本書は幾度となく触れられており、その存在感は3.11以降のくだりで再び紙幅を割いて、丁寧に紹介されている。
ドタバタだったのは何も選手だけではなく、裏方さんも同様だった。近鉄から移ってきた裏方さんも多い中、新規採用した裏方さんも多く、未体験のプロ野球の世界に右往左往する裏方さんの奮闘記にしっかり紙幅を割いたくだりは、本書の良心だ。球界再編時、山村氏ら多くの近鉄選手が「来年もまた野球ができるのか」と不安に駆られていた中、選手会長の磯部だけは冷静で、皆にこう言ったという。「裏方さんたちは失業してしまうかもしれないんだよ」。磯部が発した一言で、自分のことで精いっぱいで周りが見えていなかった山村氏はハッと我に返ったという。その経験が本書の裏方さん奮闘記につながったのかもしれない。
フィールドの外ではバスタオルが無かったとすれば、フィールド内では攻守のサインが存在しなかった。日夜、監督、コーチ、選手が話しあって、1つずつ決めていったのだとも明かす。ややもすれば面倒臭いとか士気が萎えがちなところ、不満を口にする者はいなかった。皆が意見を戦わせ、一歩一歩、楽天野球のかたちが作られていった。自分たちが新たな歴史を1ページから作り出すんだ。そんな気負いが当時のナインを支えていたのかもしれない。
と同時に、何も無かった2004~2005年、唯一、他球団に対して誇れる点があったことも、山村氏は本書で明かしてくれた。ファンサービスだという。山村氏は1994年ドラフト1位で阪神へ入団、2000年から近鉄に移り、2球団を経験している。その山村氏をして、発足当初の楽天のほうがファンサービスが上だったと書かせるのだから、楽天のファンを大切に思う姿勢はズバ抜けていたということだし、それまでの球団はどれだけファンを置き去りにしていたのかをも再確認することができる一節となった。
そのようにして始まった1年目のシーズン、チームは開幕戦こそ岩隈の好投で白星を飾ったものの、翌2戦目は0-26の歴史的大敗。結局、首位から51.5ゲーム差を離されての最下位。38勝97敗1分という目を覆いたくなる惨状で終えた。
山村氏は2004~2005年を振り返った第1章の末尾を、このように結んでいる。なるほど、負けて固まったチーム力か・・・と妙に感心させられてしまった。
歴史的な大敗から得たものがあるとすれば、チームの結束力です。「寄せ集め」のように揶揄された時期もありましたが、コテンパンに打ちのめされて、ようやく一つのチームにまとまったようでした。
普通、勝敗を競うプロスポーツの場合、チーム力は勝ってこそ生まれるものである。しかし、楽天の創設年は、数ある敗戦の中から、チームが1つの体を成すように、まとまっていったというのだ。このことは、恐らく、選手と年齢も近くて御自身も指導者初体験だった田尾安志氏が初代監督だったからこそ成し得たことなのではないかな? 私は本書を読んでそのように感じた。
近鉄組、オリックス組、その他の球団から移ってきた選手達... 経歴をそれぞれ異にする、様々なカラーを持つ選手を束ねて、自身が掲げる田尾野球などできようはずもなかった。「新球団なので新風を巻き起こそう」。ともすれば空中分解を起こしてもおかしくないチーム状況の中、選手をひたすら鼓舞し、とにかくチームとしてとにかく1つにまとめることに心血を注いだ田尾監督。山村氏の目にはそのように映っていたという。
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楽天に「伝統」を持ちこんだ野村ID野球
その後、楽天は野村克也監督、マーティー・ブラウン監督、星野仙一監督と3人の監督の下で球団史を紡ぐことになる。
各々の監督の功績について、山村氏は的確なフレーズで綴ってみせた。
2006年から2009年まで指揮を執った野村克也監督の準備野球は「守りの野球」。今日の「楽天の礎」を築いたと書いている。また、山村氏は野村野球を「ミーティングとデータ分析の文化」だと位置づけ、最後に「野村監督により、楽天には初めて「伝統」というものが生まれたのです」とも結んでいる。
ゼロから始まった2005年、スカウトやスコアラーの体制も同様で曖昧模糊のままだった。就任後、ノムさんは選手をデータ面でバックアップするその体制を徹底的に改善・整備することに力を注いだ。優勝を決めた今季は外部アナリストの力を借りていることが草野大輔氏の口から明らかにされたものの、実はノムさん時代の早い段階からデータ解析会社のスタッフを雇ってその分析に当たらせていたと語る。
「このバッターは縦の変化が苦手だ」とスコアラーが説明すると、「縦の変化球を持っていないピッチャーはどうするんだ?」と注文を出します。さまざまなケースを想定して、細かいところまで調べてくれと。そんな環境のなかで、スコアラーも鍛えられていきます。野村監督の時代は、楽天の基礎データができていく時代でした。(中略) チームとしての基礎データを野村監督が作り、綿密なミーティングを行うようになりました。マーティー・ブラウン監督になっても、星野仙一監督に代わっても、野村監督時代のやり方は続いています。
このようにバッテリーミーティングでは先乗りスコアラーに細かな所まで指示を出す野村監督。その前には杉山賢人コーチの発案で投手同士による選手ミーティングも開かれていたらしい。投手1人1人が対戦チーム・打者の傾向や対策を調べてきて各自発表していくゼミ形式。阪神時代にはなかったミーティングが、山村氏ら投手個々の分析力・判断力を大いに養っていった。
2009年CSに進んで野村監督は勇退。ノムさんが整備した基礎データはそのまま楽天のチームとしての記憶となり、対戦経験の少ない若手が試合に出場しても、そのデータのおかげで対戦相手の傾向を把握することができ、マウンドやバッターボックスで落ち着いてプレーに専念することができるようになっていったという。山村氏はそのことを差して、楽天に「伝統」が生まれたと綴った。
ブラウン監督アメリカ式投手調整法でケガ人少なくなったリリーフ陣
翌2010年、前年まで広島を率いていたマーティー・ブラウン監督が就任した。ブラウン監督就任の背景には、このような経緯があったと言う。
野村監督からブラウン監督に代わった直後、当時の島田亨球団社長が約2時間半にわたり、「施設も戦力も整った。これからは一つの組織として、大きくなっていこう」という話をされました。
スペインサッカーのリーガ・エスパニョーラで、世界的に人気のあるFCバルセロナを例に挙げ、「メッシは下部組織から育っているし、街全体が一つになっている」と。田尾さん、野村さんで、プロ野球チームとして完成しつつあった当時の楽天を中心に、欧州サッカーや、アメリカの野球で見られる“ボールパーク”を作っていきたいというお話でした。ブラウン監督の就任には、アメリカ野球の酔い部分を取り入れていきたいという意向があったようです。
ことあるごとにファミリーという言葉を使ってチームを表現、ナインを最も大切にした。ファンサービスにも積極的だった。そのブラウン監督就任で投手の山村氏にとって一番の衝撃だったのは、アメリカ式投手調整法だった。交流戦の開始前、監督がリリーフ陣にみずからの考えを伝えにトレーニングルームまで足を運んだという。
「今まで見てきたが、ブルペンで無駄な球を投げすぎていると思う。交流戦からは、こちらが指名した投手だけキャッチボールを始めてくれ。それでいいか?」と確認しにきたのです。
「もし、ブルペンで投げたかったら、コーチを通じて俺に伝えてきてくれ」とも言ってくれました。
(中略) 野村監督のときは、1試合で4回肩を作ったこともあったんですが、ブラウン監督のとでは、ブルペンでの投球練習は1回だけ。2回はやらない。1回肩を作っただけの、フレッシュな体の状態でマウンドに行くというスタイル。
(中略) ブラウン監督の指示は、日本野球にとって新しい発想でした。しかし結果はすぐにはついて来ず、チームの順位は、2位から一気に最下位に転落。ブラウン監督はわずか1年で解任されます。
しかし、それ以降毎年、楽天のリリーフ陣が安定している理由には、「無駄な投球練習をしない」という考えの影響が大きいのは間違いありません。(中略)ブラウン監督時代はケガ人も少なかったですし、星野監督になってもその傾向は変わりません。ブラウン監督の1年は決して無駄ではなかったのです。
「勢い」という最後のピースを付けくわえた星野野球
ゼロからスタートさせ、寄せ集めの軍団を必死になって鼓舞、まとめあげようとした田尾監督の努力。「守りの野球」を掲げ、楽天に「伝統」と「礎」を築いた野村監督の4年間。球団のボールパーク構想を良く理解し、アメリカンスタイルという新たな視点を持ち込んでリリーフ陣の整備に成功したブラウン監督。その3監督を経て就任した星野監督の野球、山村氏がどのようなフレーズで表現するのだろう?物凄く興味があった。
山村氏が使ったフレーズは「勢い」だった。
MJ砲を軸に、打線では枡田、銀次の生え抜き組が躍動。岡島、島内ら2年目の若手が目覚ましい戦果を残した。投げては田中はもちろんのこと新人・則本が開幕投手に大抜擢、ここまで14勝をあげている。
まさに言い得て妙の表現ではないか。
2013年の楽天はこれまでとどこが違うのかと聞かれれば、私はベンチの雰囲気だと思います。若い選手が多くなりました。(中略) 若い選手には勢いがあり、ゲームの流れを一変させるようなラッキーボーイにも変貌します。(中略) 一度勢いづくと誰も止めることのできない若手の勢い。田尾安志、野村克也、マーティー・ブラウンといったこれまでの指揮官が築き上げたチームに「勢い」という最後のピースを加えたのが星野監督だと思います
このように田尾監督から星野監督まで4監督の時代を、それぞれ分かり易いフレーズとともに振り返っていく。その間に現場に身を置いた山村氏だからこそ知り得る、自身を含めたエピソードが挿入される。
例えば、移動中の車内における新旧エースの過ごし方は好対照だったらしい。田中は10代の若者にも関わらず、お菓子を食べたり、コーラを飲んだりする光景は一切見られなかった反面、岩隈はお菓子が大好き。よくトッポなどをバリバリやって、山村氏に「じゃがりこ食べます?」と訊いてきたものだったと微笑ましいシーンを明かしている。岩隈、田中、則本と受け継がれるエースの系譜を象徴するエピソードも盛り込まれていた。
楽天でプレーするようになってから、斎藤隆の自主トレに参加するようになった経緯。もし斎藤が楽天入りすることが分かっていたら、現役を辞めていなかったかも?!と告白してみせたり、現役引退を決めた時の心情。故郷や大阪へ帰る元近鉄選手が多い中、セカンドキャリアの出発点を仙台に決めたその理由なども綴られている。
高須洋介から移籍組・森山周に受け継がれたチームの歴史
過去2年間1割台と打率が低迷した森山周が今季は.272(10/11現在)とバットでも活躍できているその裏には、ベテラン高須からのアドバイスがあったことなど、興味は尽きない。
2012年オフ、オリックス・バファローズから戦力外通告を受け、テスト入団してきた森山周という中堅選手がいます。主に代走や守備固めとして起用される彼は、あまり打席に立つことはないのですが、そのなかできっちり結果を残しています。森山にその秘訣を聞くと、こう答えていました。
「今までは配球を考えることなく、ひたすらストレート狙いでした。でも、楽天に来て、高須さんに配球や狙い球の絞り方を教えてもらったんです」
森山は今年で32歳になりましたが、年齢を経ても、配球を読むことでまだまだ成長できると感じたようです。
野村元監督時代に教えを受けた高須さんが、移籍してきた森山にしっかりと大切なことを伝授している。ベテラン選手はグラウンドに出られなくても、陰でこうしてチームを支えているのです。チームとしての知識が継承していくこと、創設から9年、東北楽天ゴールデンイーグルスが歴史をもち、それを継承する「チーム」になったことを証明するエピソードだと思います。
最下記に掲げた目次を御覧頂ければ分かるように、優勝戦線を戦った主な選手については、もちろん、それぞれしっかりスペースを設けて語られている。
そして第3章だ。決して避けて通ることはできない3.11。その当時について赤裸々に記されている。当時、山村氏は2軍で調整中。ヤクルトの埼玉・戸田球場にいたという。改めて、半分被災者であって、半分、被災者ではない。その中途半端な立場で苦しむことになった犬鷲戦士達の苦悩を、当事者の貴重な視点から振り返っている。
おっと、、、本エントリーも随分と長くなってしまったようである。
本書の中身の紹介はここまでで止めておきたい。
続きは、ぜひ、あなたが本書を手に取って直に確かめてもらいたいと思う。
174頁の本書。私は決して本を読むのが速いほうではないが、ものの3時間もあれば夢中になって一気に読了することができた。ぜひ多くの楽天ファンに読んでもらいたいと思う。
最後に、山村氏のさらなる御活躍をお祈りして、本エントリーを締め括りたい。
※最下記に本書の目次を掲載しました。

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■目次
はじめに 3
序章 楽天イーグルスはどうしてわずか9年で強くなれたのか 13
楽天の勝利の象徴・田中将大
レギュラー固定の強み
選手、フロントの熱意が呼び寄せた快進
第1章 突然生まれた「新しい球団」2004~2005年 21
来年、野球ができるのだろうか?
50年ぶりの新球団
プロ野球チームを作るための闘い
楽天イーグルスの第一歩はファンサービス
元近鉄の選手たちの意外な一面
皆で作った攻守のサイン
毎日が失敗の連続
フロントも、現場も、誰もが手探りだった
選手と一緒に食事をする三木谷オーナー
一軍・仙台とニ軍・山形の大移動
痛いほど感じていたファンのありがたさ
軌道に乗るまで10年はかかるんじゃないのか?
新球団1年目の闘い
戦力不足という大きな壁
首位と51.5ゲーム差「歴史的な大敗」
第2章 本当の「プロ野球球団」になるまで 2006~2010年 57
名将・野村克也の就任
チームの礎が築かれていく
野球人の基礎を作る「ノムラの考え」
ミーティングとデータ分析の文化
初の4位、チームに吹く追い風
田中将大を「マー君」と読んだ野村監督
野村監督と選手のパイプ役
克則が語る父・野村克也の素顔
勝負を賭けた2009年に初のCS進出
野村監督の残した遺産
ブラウン監督のアメリカ式投手調整法
楽天イーグルスを導いてきた3人の監督
第3章 東北の球団として向き合った「震災」 2011~2012年 87
3・11 その日のできごと
帰りたいだろ、まずは家族だろう?
東北のために何ができるのか
プロ野球ファンは団結することができる
嶋基宏が3度のスピーチで訴えた思い
チームの精神的支柱だった山﨑武司
山﨑・涙の退団、チームは次のステップへ
引退をして仙台に残る決意
震災の傷跡が残るなかで
第4章 リーグを席巻した楽天イーグルス 2013年 115
絶対的エースとなった田中将大の凄さ
藤浪晋太郎、菊池雄星は田中に追いつけるか
負けない秘密は「メリハリ」
ルーキー・則本昂大が隠し持つ武器
選手を使って育てる星野仙一監督
名将2名人が育て上げたチーム
打線の中軸に2人の元メジャーリーガー
“ギラギラ銀次”の成長
投手陣の信頼を集める聖澤諒の守備
生まれ故郷に帰ってきた斎藤隆
チームの守備の要・藤田一也
嶋基宏、球史に残るキャッチャーへ
短期決戦に挑む楽天イーグルス
3、4番目の先発投手の活躍が鍵
第5章 杜の都の球団の未来 155
球団誕生から在籍する4選手それぞれの願い
生え抜きの象徴的存在・渡辺直人
渡辺直人の凱旋で再確認した仙台の温かさ
東北6県でファン感謝デーを
嶋も積極的に参加する学校訪問
黄金期到来のために欠かせない二軍施設の充実
田中将大が語る楽天の未来
おわりに 172
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